1.背景
家庭内事故の増加
人口動態調査※1によると2003年頃を境に、家庭における主な不慮の事故(以下、家庭内事故)での死亡者数は交通事故死亡者数を超え、年々上昇しています(図1)。また家庭内事故の死因のうち、最も多いのは「不慮の溺死及び溺水」です。溺死については、入浴前後での急激な温度変化に伴うヒートショックとの関連が指摘されており、その予防策として、住宅の断熱性能を向上させる取り組みが住宅業界全体で推進されています。

(図1)家庭内事故死亡者数の増加
救急搬送者が最も多いのは「転倒」
東京消防庁※2によると、救急事故が発生した場所の約5割が住宅等であり、事故の種類で最も多いのは「ころぶ」、いわゆる転倒で、全体の約7割を占めています。住宅の場合、溺死の発生場所は、浴室と容易に推測できますが、転倒や衝突(ぶつかる)等の事故は、住まいのあらゆる場所で発生する可能性があります。しかし、公的データでは、住宅のどの場所でケガや事故が起きているのか、詳細までは明らかにされていません。そこで、ミサワホーム総合研究所では、安全な住まいづくりの実現に向けて取るべき対策を探るために、住宅内で発生したケガやヒヤリハット※3の発生状況についてアンケート調査を実施しました(表1)。本稿ではその調査結果を前編・後編にわけて報告し、今後の住まいの安全対策について考察します。
(表1)調査概要※4
2.戸建住宅での家庭内事故(全体調査)
階段・リビングでの事故が多い
調査結果によると、ケガ等の事故発生場所は、「階段」「リビング」の順に多く、改めて階段は注意が必要な場所であることが分かりました(図2)。また事故種類では多い順に「転倒」「転落」「ぶつかる」という結果でした(図3)。年齢別に発生場所をみると、大人は「階段」「リビング」の順に、子ども※5では「リビング」「階段」で多くのケガ等が発生していました(図4)。総じて階段、リビングでの事故発生が多いことが確認されたことから、住宅での階段およびリビングで起きたケガやヒヤリハットの実態について詳しい調査を実施しました。

(図2)事故発生場所

(図3)住宅での事故種類

(図4)年齢別・事故発生場所
3.階段での家庭内事故調査
調査概要
2000年以降に竣工した持家戸建住宅に住む30歳以上の男女を対象に、自宅の階段で起きたケガやヒヤリハットに関する調査を実施しました。アンケートでは、階段の建築環境、ケガの種類、事故が発生した当時の状況についてたずねました。
階段は“下り終わり”に注意
調査結果から、階段での事故種類は「転倒」「転落」「ぶつかる」が多く、全体調査の傾向と一致していました。また大人は、階段での事故の約8割が「下りるとき」に発生しており、うち約5割が階段の「下り終わり」で起きていることが分かりました。子どもでは、約6割が「下りる時」に発生し、うち約4割が「下り終わり」で起きていることが分かりました(図5)。階段での事故は、一般的に高いところから落下するイメージが強いですが、比較的低いところから落下する事例が多いことが分かりました。

(図5)階段事故が発生した場面(左)と位置(右)
手すりがあるのに“使用できていない”
今回の調査は、階段手摺の設置が義務化された2000年以降に竣工した、持家戸建住宅の居住者を対象としたため、9割以上が階段に手すりがあると回答していました。しかし、階段での事故発生時には、大人の約7割(子どもは6割)が「手すりを使用していない」と答えていました(図6)。では、手すりがあるにもかかわらず、なぜ使用していなかったのでしょうか。事故発生当時の行動状況(図7)を見ると、「特段変わったことはなかった」に次いで多かったのが「荷物を持っていた」という状況でした。つまり、手すりがあるにもかかわらず、荷物などで手が塞がっているために、手すりを使えなかった場面が多いことが分かりました。

(図6)事故発生時の手すり使用状況(階段)

(図7)事故発生当時の行動状況(階段)
荷物等で手が塞がる、足元が見えない
荷物等で手が塞がっているために手すりを使えなかった場面を明らかにするため、事故発生当時の詳しい状況が記述された自由回答の中から、荷物等を持っていたと回答した事例を抽出しました。その結果、荷物の持ち運び(107件)、洗濯物の持ち運び(66件)、掃除(17件)がありました。
・荷物を持って降りていたところ、階段に置いてあった帽子に気づかず乗り上げて滑った
(65歳・男性)
・布団を持ち下が見えず布団とともに落ちた
(70歳・男性)
洗濯物の持ち運び(例):
・昼間洗濯物を抱えて階段をおりていたら最後の数段を踏み外し尾てい骨を強打した
(51歳・女性)
・洗濯物を持って階段を降りている時、洗濯物の一部が落ちたことに気づかず、そこで足 を滑らせて階段で腰を打った
(52歳・女性)
掃除(例):
・掃除機を両手で持っていて階段を数段踏み外した
(68歳・女性)
自由回答の内容から、荷物などで手がふさがっていたために手すりを使用できなかったことに加え、荷物によって足元が隠れてしまい、足元の状況を十分に確認できずに階段を踏み外してしまうケースが多いことが分かります。これらの状況が、家庭内での階段事故の発生につながっていると考えられます。
深夜から早朝時のトイレ利用に注意
事故が発生した時間帯について、大人は朝6時~8時台、子どもは夕方17時~19時に多いことが分かりました(図8)。なお一日全体の中で件数は多くはありませんが、深夜(23時~午前2時台)に62件、早朝(3時~5時台)に66件の事故が起きていました。事故発生時の詳しい状況に関する自由回答から、深夜に発生した階段での事故の約4割(24件)が、早朝では約2割(14件)がトイレ利用に関するものでした。
・夜トイレに起きてお茶を飲みに来て階段の電気を付けずに降りていて最後の階段を踏み外した(38歳・女性)
・2階から早朝にトイレに行く時に、最後の1段を踏み外して転んだ(46歳・男性)
そのほかにも、大人では夜20時~深夜2時台にかけて、飲酒に関する事故も11件ありました。これらの事例では、深夜に眠気や酔いの影響を受けながらトイレに行く際、照明をつけずに階段を上り下りした結果、足を踏み外して事故につながっていることが明らかになりました。

(図8)事故が発生した時間帯(階段)
4.階段事故を防ぐための対策
階段での家庭内事故について、建築環境、ケガの種類、事故が起きた当時の状況を分析した結果、階段での事故を防ぐための設計ポイントは以下の3点が考えられます。
①大きな物の収納は1階に計画
足元が見えなくなるほど大きな荷物を階段で運ぶ事は、転倒・転落事故のリスクを高めます。大きいものはなるべく1階に収納計画するとよいでしょう。
②家事動線のワンフロア化
洗濯物を抱えた状態での階段上り下りを減らすことは、階段での事故リスク低減につながります。前項にも重なりますが、洗濯室と干す場所、衣類等をしまう場所(家族共用のファミリークローゼット等)を同一階に計画するとよいでしょう。
③寝室と同一階にトイレを必ず設置する
深夜や早朝など、完全に目覚めていない状態で、階段を行き来することは、踏み外し等の事故リスクを高めます。対策として、寝室と同一階に必ずトイレを設け、またトイレから寝室までの動線上には、センサー付きフットライト等を設けることが望ましいでしょう。
5.終わりに
建築基準法で定める階段勾配や手すりの設置といった物理的な対策に加え、危険な状況で階段を使わないで済むよう、くらし方の視点を取り入れた、安全性に配慮した設計をすることが大切です。後編では2番目に事故の多かった、リビングでの家庭内事故に関する調査結果について報告します(Mレポvol.116に続く)。
注)
※1厚生労働省:人口動態調査
https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/81-1.html
※2東京消防庁:救急搬送データからみる日常生活の事故(令和5年)
https://www.tfd.metro.tokyo.lg.jp/learning/elib/kkhdata/index.html
※3「ヒヤリハット」とは、危ないことが起こったが、幸いケガや災害には至らなかった事象を指します。
※4当調査は各回答者の自宅で発生したケガやヒヤリハット(ケガ等)対象とし、死亡例は含まれていません。このため死亡統計で多い「溺死」は本アンケート調査では含まれていません。
※5本稿では大人は30歳以上、子どもは15歳未満としています。









