1.開発背景
睡眠の質に対して悩みを抱える人は多い
人生の3分の1を占める睡眠は、人間の生活にとって非常に重要です。ある調査によると、睡眠の質に対して「満足している」と答えたのは34.5%に留まっています。同じ調査では睡眠に対して悩みがあると答えた人は64.8%となっており、多くの人が睡眠時に何らかの悩みを抱えていることがわかりました。悩みごとの内訳をみると、「途中で目が覚める」が2割以上と多くなっていました。(※1)
特に、1年の中では夏に暑さが原因で眠れないという人が多いため、寝室の温熱環境を快適に保つことが睡眠の質にとって非常に重要です。しかし、快適な室温には個人差があり、エアコンの設定温度が原因でパートナーと喧嘩をしたことがあるという人は55%に上るという調査結果があります。(※2)
同室内で快適な室温の個人差をコントロール
そこで、ミサワホーム総合研究所では、個人ごとの温冷感の好みに対応ができる「ベッドヘッドボード型の壁放射冷(暖)房システム(Mレポvol.105)」を開発し、その効果を研究しています。このシステムは、個別のベッドごとに寝ている人の頭部に冷気を与えるため、同室内で二人が眠っていても、それぞれに室温よりも低い温度を提供することが可能です。壁放射冷房の使用中は、頭部付近の空気温度が周りの空気温度に比べて2℃程度低いことが測定の結果わかっています。室温全体に影響することはないので、隣で寝ている人は、その冷気を感じることなく過ごせます。室温全体をコントロールする能力はないため、夏場はエアコンを併用して、ある程度室温を下げたうえで使用するという使い方を想定しています。
このレポートでは、本システムによる温熱環境の調整により、睡眠の維持に効果的な環境を形成できたのかどうかを調査した結果をご紹介します。
2.実験結果
壁放射冷房の人体冷却能力の確認
人体の皮膚温の変動を表現できるサーマルマネキンを用いて、頭部付近の空気を冷やすことでどれくらい人体の皮膚が冷却されるのかを確認しました。サーマルマネキンは22の部位ごとの皮膚温の変動を測定することができます。測定結果を人体が感じる快適性の指標となる等価温度(※3)にすると、壁放射冷房を使用した場合は、使用しない場合に比べて、頭頂部2.2℃、額1.0℃、上腕1.2~2.0℃、胸部1.2℃程度の低下効果があることがわかりました。1~2℃の低下は、人が感じる涼しさに大きく影響する程度です。
実際の被験者で睡眠の質に与える影響を確認
睡眠に障害のない男子大学生20名を集め、壁放射冷房とエアコンを併用する部屋(以下、「併用条件」)とエアコンのみ使用する部屋(以下、「ACのみ条件」)の2グループに分けて、実際に睡眠の質や皮膚温の変動などを比較しました。両方の部屋とも、エアコンで室温28℃・相対湿度70%程度にし、男子大学生にとっては、やや暑いと感じる環境で、実験を実施しました。就寝時間は23時、起床時刻は7時に統一しました。
実験期間中の温湿度、CO2濃度、照度および騒音レベルは2つの条件間で睡眠に影響が出るような差はないことを確認しました。
睡眠中、放射冷房に暴露され続けても皮膚温は冷えすぎない
皮膚温は、額、胸、腕、大腿、下腿の5点を測定し、各条件の被験者の平均値を算出しました。図1aは、Ramanathan法(※4)という方法により算出された平均皮膚温です。就寝1時間後の0時時点の平均皮膚温は、どちらの条件でも34.7℃と差がありませんが、その後、併用条件では皮膚温は徐々に低下し、起床1時間前の6時の時点では33.8℃、一方ACのみ条件では34.2℃となりました。図1bは胸の皮膚温の推移です。併用条件の方が、胸の皮膚温が全時間通して低く、6時の時点で併用条件とACのみ条件の差は0.74℃となりました。このように、壁放射冷房を使用することで、実際の人体についても皮膚温を低下させる効果がみられました。一方で、睡眠時間の8時間という長時間、人体が暴露されても、体が冷えすぎることなく使用できることも確認できました。
図1 皮膚温の時系列変化(併用条件は8名、ACのみ条件は9名の平均値と標準偏差)
睡眠に関するアンケート結果:「睡眠維持」への効果
起床後に被験者に実施したアンケート(OSA睡眠調査)により、睡眠に関する16問の設問を5つの因子(第1因子:起床時眠気、第2因子:入眠と睡眠維持、第3因子:夢み、第4因子:疲労回復、第5因子:睡眠時間)に分けて睡眠の質を評価しました。図2に示すように、今回の実験では、アンケートの結果、「入眠と睡眠維持」の項目については17%、「夢み」の項目については24%、併用条件の方がACのみ条件に比べて偏差値が高い結果となりました。それ以外の項目については、あまり差がみられませんでした。また、「入眠と睡眠維持」の項目は、設問ごとに「入眠」と「睡眠維持」に分けて評価することができます。特に、図3に示すように「睡眠維持」の項目である「しょっちゅう目が覚めた」、「眠りが浅かった」という設問で大きな差が得られました。
図2 OSA睡眠調査票のアンケート結果(併用条件、ACのみ条件各10名ずつ)
図3 アンケート結果の得点(睡眠感が良好な方が高得点)
(併用条件、ACのみ条件各10名ずつ)
入眠後の睡眠効率が向上
睡眠の質は、就寝中の細かい体動を測定できる腕時計型の体動計(アクチグラフ)で計測しました。この機器により被験者が睡眠状態であるか、覚醒状態であるかを1分ごとに判断できます。測定の結果のうち、「睡眠効率」および「平均身体活動数」の結果を図4に示します。算出された睡眠効率の平均値は、併用条件がACのみ条件に比べて5.42%向上しました。また平均身体活動数(1分ごとの睡眠中の体動の回数)の平均値が20%減少し、睡眠の質が改善されたことがわかりました。
図4 アクチグラフの測定結果(併用条件、ACのみ条件各10名ずつ)
3.今後の展望
一連の実験の結果、壁放射冷房システムとエアコンの併用により被験者の睡眠効率が上昇したことが確認されました。このことから、多くの人々が悩んでいる「睡眠の維持」に対して効果的な環境を整えることが可能であると考えています。今後の展望として、幅広い年代での調査やエアコンとの併用において効果的な使い方の検証を進め、早期の実用化を目指します。
※1 西川睡眠白書2024
(https://www.nishikawa1566.com/company/laboratory/hakusyo/archive/2024/)
※2 ダイキン(https://www.daikin.co.jp/air/life/survey/vol23)
※3 人体からの熱の対流と放射による顕熱損失量(熱の出入り)と同等の顕熱損失量を生じさせるような、空気温度と平均放射温度が等しいかつ静穏気流下の一様な仮想的環境の温度
※4 平均皮膚温=0.3×胸皮膚温+0.3×腕皮膚温+0.2×大腿皮膚温+0.2×下腿皮膚温
参考
湯淺惇 他: 寝室におけるパーソナル型放射冷暖房システムの開発(その3) 戸建て実験棟での実測概要と実測環境調査, 日本建築学会大会学術講演梗概集, 2024
仲野潤平 他: 寝室におけるパーソナル型放射冷暖房システムの開発(その4) サーマルマネキンを用いた冷却効果の評価, 日本建築学会大会学術講演梗概集, 2024
宮内海峰 他:寝室におけるパーソナル型放射冷暖房システムの開発(その5) 被験者実験による睡眠に与える影響の評価, 日本建築学会大会学術講演論文集,2024