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水滴の下垂と落下を利用した蒸発冷却ルーバーの開発

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日本ならではの暑さ対策

夏の暑さが厳しくなる中、住環境、特に冷房機器等が使えない屋外の暑熱適応策が一層求められていると言えます。日本の夏は雨も多く蒸し暑いイメージがありますが、雨量が豊富である一方、暑さが厳しくなる時間帯には相対湿度が低下(飽和水蒸気圧差が増加)することから、屋外の温熱環境を改善する手法として「打ち水」で知られるような蒸発冷却手法の活用が勧められます。蒸発冷却手法とは水の気化熱によって濡れた面の温度を下げる手法です。例えば東京の代表的な夏日には、日中の気温が32°C、湿度が55%程度となりますが、この時に陽を受けず、空気の流れがある条件下では、濡れている面の温度は25°C程度、すなわち気温より7°C程度も低くなります。冷却された面は、その近くにいる人への冷放射の効果に加え,近傍空気の温度を下げる効果も期待できます。 しかし屋外では、晴れた日の日射のエネルギーは1000W近くもあり大きな熱量となっているため、陽が当っている環境下では地表面からの水の蒸発だけでは熱収支をマイナスにする(つまり冷熱源をつくる)ことはできません。日本では伝統的に打ち水が行なわれてきていますが、これも陽が陰った後に行うことで「涼しさ」を感じられるものです。また打ち水は舗装や潅木等足元への散水が中心であるため、日中に涼しさを感じられるほどの効果を得るためには日除けと組み合わせるか、対象空間内を立体的に,または複層的に、できるだけ多くの面を濡らし冷却する必要があります。そこでミサワホーム総合研究所では、空間を仕切り、陽射しを抑え、風を通すルーバー(水平格子)に水を滴下することで、立体的に蒸発冷却を行なうことを考えました。

毛管力+親水性により水が濡れ拡がる
「クールルーバー」の開発

ドリップルーバー (図1)クールルーバー

蒸発冷却手法では、濡れた面から水が蒸発する際に温度が下がることから、できるだけムラなく表面を濡らすことが冷却効果を高めるカギとなります。しかし水は表面張力によってまとまりやすく、「水みち」として知られるように一度流れた跡をなぞるように流れてしまう性質があります。したがって立体的な面を広く濡らすためには水を拡げながら流す工夫が必要となります。ミサワホーム総合研究所では、2010年頃より光触媒と多孔質材を使って水を濡らし拡げる「クールルーバー」の開発に取り組んできました。これまでにも低温で焼いた陶器に水を吸わせて全体的に湿らせるブロックやテラコッタルーバー等が研究・開発されていましたが、吸水により長時間湿った状態でいると汚れやすくなったり、吸水・蒸発を繰り返すと目詰まりしたりするなどの問題がありました。そこでミサワホーム総合研究所では、エクステリア部品として汎用的に用いられているアルミをベースに,表面に塗布した多孔質材(ガラスビーズ)のみに水を吸わせつつ、その表面を光触媒によって親水化することで,毛管力+親水性により水を濡れ拡げる方法を開発しました。クールルーバーはこれまでにない機能性製品であったことから,国等からの補助を受けて「涼を呼ぶまちづくり」をテーマとした分譲住宅地やバス停,路面電車の駅,オフィスビルのテラス等に採用されてきました(図1)。しかし製造においては多孔質材と光触媒を塗り重ねる必要があり,エクステリア製品として製造コストが高いことが課題でした。

水滴の下垂と落下を利用した
「ドリップルーバー」の開発

ドリップルーバーのサーモグラフィー

こうした課題を改善するため、2016年からはアルミルーバーの形状を工夫し、水滴が落下する際の衝撃を利用して濡れる範囲を拡げる検討を始めました。また水は表面に露出するほど蒸発しやすく、保水性材料等に比べて蒸発面の温度が低下しやすいことに着目し、たくさんの水滴を下垂させることで冷却効果を高める工夫を行いました(図2)

(図3)水滴の落下

お風呂の蓋や鍋の蓋など様々な物に水滴が下垂している現象は皆様も見たことがあると思いますが、その大きさはある程度決まっていることにお気付きですか。直径が何十cmもあるような大きな水滴がぶら下がっているのは見たことがないのではないでしょうか。これは、下垂する水滴の大きさは水の表面張力と重力の吊り合いで決まり、水滴の直径が6~7mmを超えると重力に負けて落ちてしまうからです。それでも水の表面張力が粘るように作用するので、よく見てみると水滴がお餅のように伸びた後,約6割が落ち、約4割が下垂した状態で残ります(図3)

(図4)トリップルーバーの構造

こうした水の物理現象を考慮して最適な孔の大きさと間隔を決め、さらにルーバーとして必要な強度を考慮した上で、2017年7月に水滴の下垂と落下を利用した「ドリップルーバー」を開発しました(図4)
表面処理に頼らない技術を用いることで製造コストを大幅に削減し、冷却機能を持つ製品でありながら、デザインルーバーなど一般に流通するルーバー並みの価格帯まで下げることができました。また基材に吸水させない考え方はクールルーバー時代から引継ぎつつ、表面処理を行なわない仕様となったことで、拭き掃除などのお手入れができるようになりメンテナンス性も向上しました。

おわりに

近年の夏の暑さを「災害級の暑さ」と表現するようになったことは記憶に新しいと思います。屋内の温熱環境は空調設備等で改善することができますが、室外機から放出される熱は屋外の温熱環境を悪化させます。快適な住環境を形成するためには自然のエネルギーを使って屋内外両方に対して取り組むことが重要です。打ち水が改めて注目されるようになっていますが、再びライフスタイルの中に浸透させるためには、涼しさを感じられるレベルまで冷却効果を高めること、水の効率的な利用、汚れ防止をはじめメンテナンス方法の改善など、併せて考えなければならない問題は多くあります。今回は冷却効果を生むメカニズムの見直しにより製造コストを下げる話が中心でしたが、今後はIoT (Internet of Things)を使って冷却効果が得られるタイミングで必要最小限の水を流す方法など、水の効率的な利用とメンテナンス方法の改善に取り組んでいきたいと思っています。


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