はじめに
ミサワホームは2013年、高齢化する未来の社会に向けて、新たな住まいのスタンダードを想定した新商品を発表しました。人口減少社会、超高齢社会の到来で働き手が少なくなる中、より柔軟な働き方ができるようにするには、オフィスやまちだけでなく、「住まい」が変わる必要があると考え、住まいの中に2.5畳の小さな働ける空間(ミニラボ)をつくった商品でした。その発売と同時に国や企業から反響をいただき、テレワークができる環境を住まいの視点で整備する、という新たな視点が評価され、その年のテレワーク推進賞(奨励賞)を受賞しました。
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一方、社内では住まいの中に働く空間(集中できるテレワークスペース)を作ったものの、果たして働く環境がそれで良いのか、すでに議論が始まっていました。一日中一つの空間で仕事をし続けられるのかどうか、という疑問があったのです。
1.住まいの役割の変化
住まいとオフィス、その違いは何でしょうか。家は食事を作ったり、食べる場所やくつろいだり就寝する場所があり、n-LDKという表現をします。一方、オフィスはデスクワークをする机がある執務スペース、会議室や接客をする場所、作業をするスペースなどがあります。つまり、住まいは生活する場所、オフィスは仕事する場所、というのが一般的な答えになると思いますが、現代の住宅事情で当たり前の環境は、実は歴史的に見ると短いのです。
歴史を紐解くと産業革命以前、長い間、住まいは生きるための働く(労働する)場所でした(R.Sコーワン2010)。その後、家庭内手工業の時代を経て、集約して効率的に分業して生産する、つまり労働集約型の工場で一斉に働く場ができたのです。それは、生きるための仕事(一部の労働)が家から切り離されることを意味していました。
そこから、仕事する場所としての工場・オフィス、生活する場所として家の分離が確立されていきました。しかし、現在の先進国は必ずしも労働集約型での仕事ばかりではありません。特に事務作業はICT機器の発達により、必ずしも労働者が集まって仕事をする必要がなくなっていますが、日本の働き方は旧態依然のままで、出社して一緒の場所で仕事をするスタイルの方が依然として多い状況です。
労働力人口が減少する中、柔軟な働き方としてテレワークが受け入れられ始めた今、オフィスは変わりつつあります。オフィスは集中して作業するよりも、共同で何かを生み出し、作り上げる、ソロワークではなく共創の場として重要性を帯びています。逆に一人で仕事するのであれば、様々な場所でできるようにするように求められ、再び家の中での働く場所が注目を浴びています。
2.企業には様々な職種が存在
家の働く空間にはどんな環境が必要でしょうか。在宅型テレワークが浸透する前、テレワークは、データ入力、CADオペレーターぐらいしかできないという認識があり、導入の課題となっていました。しかし、企業が商品やサービスを提供するためには、多くの人が分業しています。また、オフィスでは、多くの人が自分のデスクの前だけで仕事している場合は稀です。また、業務によっては集中のため、籠もれるような空間ではなく、むしろ開放的な空間が必要だと感じる場合もあります。
働いている様々な人、それぞれの業務やニーズに適した環境条件などを想定できないと、家の中で仕事ができるというのには無理があります。つまり、企業が商品・サービスを開発・提供する全体像の中で業務を洗い出し、整理する必要があります。
そこで、ミサワホーム総合研究所では、企業活動の業務モデル分析として、ミサワホームを例に東京都立大学(旧首都大学東京)でUXデザインの研究をされている笠松研究室の協力を仰ぎ、調査を実施しました。
3.業務の種類と適した環境
ミサワホームが商品、サービスを生活者に提供するのに必要な職種(営業、設計、建設、総務人事、商品開発)を選び、業務の実態をインタビューし可視化するためにUserExperience(以降ux)マップを起こしました。(図1)
その結果、1日の中でも業務の種類、例えば、打合せ、会議、作業等々の内容は言葉ではひとくくりにされているものの、実に多様なことがわかりました。業務は単独ではなく、いくつかの業務のセットが連なっており、そこでの感情起伏もパターンがあることが確認できました。多くの業務が、目的や人数、求められるものが異なっているのです。つまり、業務によって適した環境、求められる環境が違うという事がわかってきたのです。
ただ、それらに全部対応するのは困難です。そこで、それらの業務の共通項を見出すため、①アイデア出しのような「拡散」する場面の仕事か、資料作成のような「収束」する場面の仕事か、②一人で行うものか、複数人で行うものかという2つの軸を設けて4象限で整理しました。
作成した業務をマッピングした中から似た業務を集約し、代表的な21の業務(当初、研究部門を想定していなかったため、後に30の業務となった)と4つの象限にまとめました。なお、業務はカード化し、各象限で業務の性質が異なることを示すため、象限の違いによりカードを分類しました。(図2)
次に、職種別の業務に適した環境を調べるために、前述の21の業務カードを用意し、4象限で想定される空間イメージを参考に、どこでどの業務をしたいかを導き出すワークショップを行いました。
その結果、職種によって傾向が分かれる結果となり、営業職は拡散と収束、ソロワークと複数での仕事と4象限の広範囲に分散し、様々な特性の業務を行っていると同時に、様々な環境を欲していることがわかりました。一方で建設職は拡散する業務はわずかで、その業務は拡散的な空間を求めませんでした。(図3)
4.自分で場所を使い分ける働き方へ
このように職種によって、業務特性は大きく違い、また一つの職種でも働き手自身が様々な場所の中から適した場所を使い分けて行う必要があることも明らかになりました。そこで、当研究所では、住まいの空間でどのような執務環境を整えるべきかを、ワーカー自身の五感に与える刺激とどのように付き合うか、という視点で、以下の3つの環境に整理し提案にまとめました。
1つ目は集中阻害要因を入れない環境。2つ目は快適な刺激を取り入れる環境。3つ目は刺激を受け止め調整できるような環境です。それぞれ、フォーカス、リチャージ、スイッチというキーワードに代表される空間として提案をまとめています。
日本ではホワイトカラーの生産性が低いと言われており、賃金体系が時間型から成果型にシフトすると言われています。今後は仕事の成果を出すために、個人が仕事に合わせて環境を選択するスキルが求められていくと考えられます。オフィスでも ABW (Activity Based Working) というシーン に合う環境を想定した多様な空間の設計が行われるようになりました。ミサワホーム総合研究所では、住まいにおいても、より一層意識して環境を整備する必要があると考え、研究活動を続けてより良い住まい環境に貢献していきたいと考えています。
参考文献
R.Sコーワン、高橋雄造:お母さんは忙しくなるばかり~家事労働とテクノロジーの社会史法政大学出版局2010
Miki Numano, Fuko Oura, Takeo Ainoya, Keiko Kasamatsu, Akio Tomita, Kunika Yagi : Barriers against the Introduction of Teleworking and Survey for Workers on Their Work Contents,Human Interface and the Management of Information. Visual Information and Knowledge Management, Springer, pp.567-574, 2019
大浦楓子,沼野未樹,相野谷威雄,富田晃夫,八木邦果,笠松慶子:働き方改革のためのユーザ要求の構造化—新しい働く環境を提供するために—,サービス学会第7回国内大会, B-10-04(4ページ), 2019.
沼野未樹,笠松慶子,大浦楓子,相野谷威雄,富田晃夫,八木邦果,森元瑶子:職場における信頼関係の重要性と労働環境の関係分析,第29回日本人間工学会システム大会2pages, 2021
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