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学びの環境② 住まいは学びの宝庫〜定点観察に見る「片付け」の学びの効果〜

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1.はじめに

リビングやダイニングは家庭内の「学び」を得るのに最適な空間なのでしょうか。この課題意識から住まいにおける学びの意味を整理し、学び環境の設計指針をつくり、旧来の勉強する場所、子ども部屋の考え方を整理し、住宅内の学ぶ場所のあり方をまとめた設計手法が「ホームコモンズ設計®」(エムレポvol.88)です。

では、ホームコモンズ設計で推奨した幼児期に適している「トークサイト」、小学校期に適している「ホームワークコーナー」は、果たしてどのような対話や学びを得られるのでしょうか。そして、子どもの自我や生活習慣の基礎が形成される時期に、住まいの環境が子どもの学びや成長にどう影響する のでしょうか。

まちづくりや暮らしをデザインする住宅の総合研究所としては、人や家族が学ぶ状況や成長の内容まで踏み込んで理解し、生活を豊かにする空間や家族の対話のデザインを再考する必要があるのではないか。そのような課題意識からミサワホーム総合研究所では、2013年より子育て中の数家族に協力を依頼し、家族の成長と場所の活用の変化を数年にわたって定点観察していくという新たな生活価値の発掘を目指す研究をはじめました。

社会学、会話学、教育社会学と様々な研究者とチームを組み、エスノメソドロジーという相互行為を観察する手法をとりました。家庭内のリビング、ダイニング等にビデオカメラを設置し、映像から起こっている事象を抽出、生活の中でどのような「対話」が行われ、それが家族内の「学び」や「成長」につながっているのか、また、家族の成長がお互いの関係性にどのような変化を及ぼすのか、そして、どのような生活価値があるのかを、ディスカッションしながら可能性を探っています。

これは、一般的な定量の統計調査では家庭内の様々な関係性を汲み取ることができず、背景を含めた意味まで理解することが困難だったため、この手法を用いて、利用実態の把握や家族の関係性の変化を導き出すことを意図しています。また、家族の関係性を前提に数年間の活用変化を見ることで、起こっていることの真相を推測したり、意味をつかむことができます。瞬間の対話ではなく、それぞれの関係性を汲み取る文脈で「学び」や「成長」の要素を抽出しやすくしています。

家族が成長する要素は個人ことに違うため、それぞれの変化を見つけ出し、定点調査をすることで何が成長に結びついているかを継続的に見る必要があります。

ホームコモンズ設計®では、子どもの成長段階(4つのステップ)に合わせた最適な場所を用意することで子どもの能力を十二分に引き出せるように、環境要件を整理しています(エムレポVol.88「学びの環境①」参照)。本研究では幼稚園(2ndステップ)と小学校低学年(3rdステップ)の子をもつ複数のこ家庭にビデオカメラを設置し、その映像を分析しています。

2.生活行為の中で「片付け」は最大の学習効果

日常生活には学びの要素が数多くみられます。本稿では、映像分析から「片付け」を通してさまざまな学習効果が得られることを紹介します。

片付けの概念を幼い子どもが理解することは難しく、それは、片付けにはさまざまな種類とレベル感があり、その尺度は個人の価値観によっても異なるからです。大人同士でも、例えば夫婦間の片付けの価値観の違いがもとでいざこざの原因になるほどです。子どもと一緒に片付けをする際は、何をどの程度行えば良いかを大人がうまく誘導することで、子どもが理解して実行できるようにすることが重要です。

「片付けの違い」「成長段階による差」

幼児期(2ndステップ)は片付けの「行為」ができるようになる時期です。モノを動かす、サイズや色で揃えるなど指示をすればそれができますし、それが面白いと感じると積極的に取り組むようになるので、ゲーム感覚で楽しめるよう大人が仕向けると片付けに誘導することができます。しかしこの時期は、片付ける理由や必要性を理解したわけではなく、その行為に興味を持ったから、結果としてその場が片付いたということが多いです。そういう時期だと大人が認識しておく必要があるでしょう。

小学校期(3rdステップ)の頃は、何のために片付けるのかを「理解」できる時期です。片付け自体はひとりでできる反面、どのように片付ければきちんと納まるのか、手順を自分で組み立てないといけない難しさがあります。この難しさをクリアするには、例えば高さや大きさ、形状や種類・用途を揃えるといった整理整頓のテクニックを経験していく必要があり、その例を大人が見せながらさまざまなパターンを経験させることが重要になるでしょう。そのなかで自分なりの方法やこだわりを見つけて、片付けの面白味がわかってくるようになると考えられます。

3.片付けを通した学習効果の事例

「片付け」とーロに言ってもさまざまな種類と完了の度合いがあります。例えば、片付けの完了度合いを点数で表現すると、元の状態にリカバリーすることを100点とすれば、120点を目指してさらに綺麗にすること、ちょっとどかせて次の行為ができる50点くらいの状態も、全て「片付け」として捉えることができます。いろいろな「片付け」を経験することが、多くの学びの機会となることでしょう。

ここからは研究サンプルの家族の生活動画分析から、片付けを通して学びや成長につながる要素があると抽出されたシーンを3つこ紹介します。


<片付けを通した学習効果の例 ①>

目標設定力:片付けの度合い、程度を学ぶ

夕飯前にダイニングテーブルを片付けるように母親が子どもたち(3rdステップ)へ指示を出す場面では、子どもたちは100点の片付けを目指して時間をかけて行いましたが、途中で母親から夕食を食べるスペースができれば良いので早く終わらせるようにと催促がありました。片付けの完了度合いがいくつかあることを子どもたちが学ぶ機会になっていたのです。

片付けを通した学習効果の例①

しかしながらこの場面では、指示する側は「片付けて」というだけでなく、夕飯を食べられるように(50点の)片付けをするよう、完了の状態まで示す必要がありました。完了レベルを共有していないと親は指示を聞いていないと思いますし、子どもは片付けろと言われたからしているのにと思ってしまい、そのズレが生じてお互いストレスになってしまうことがわかりました。


<片付けを通した学習効果の例 ②>

状況分析力:相手の気持ちを考えることを学ぶ

父親と末子(2ndステップ)が共有スペースの片付けをする場面では、兄妹が机に置いておいたモノを末子が所定の場所に片付けようとしていました。その際父親から、もしかしたらこの後使う予定で兄妹がそこに置いているかもしれない、という指摘がありました。なぜここにモノがあるのか、今後必要になるのかを考えて片付けることを求められる場面でした。つまり、そこに置いてあるモノを通して、相手がどういう意図でここに置いたのか、相手の立場に立って考えることを学ぶ機会になっていたのです。

片付けを通した学習効果の例②

<片付けを通した学習効果の例 ③>

想像カ・決断力:あきらめることを学ぶ

この場面では、子どもたち(2nd・3rdステップ)の本やファイルなどをしまう収納スペースの容量がいっぱいになり、収まりきらなくなってしまいました。そんな時はどうすれば良いのか、親が誘導しながら、不要なモノを捨てるか、新しく収納場所を探すかを考えさせていました。捨てるとなると何を捨てるのか、これは自分にとって必要なものか、これからも使う機会はあるのか、などを子どもたちはひとつひとつのモノと対峙しながら自ら考えていました。そしてもし収納場所が足りなければ、所有していたものを手放さなければならないという現実を受け入れることを経験する機会になっていたのです。

4.最後に

このような研究成果は家庭での生活行動分析の書籍『エスノメソドロジ一の小さな社会秩序住まいの中家庭における活動と学び』にまとめています。今後も日常生活の何気ない会話や行動から、成長や学びのヒントになる要素を抽出し、住まいのあり方を検討していきます。


参考文献

『エスノメソドロジー住まいの中の小さな社会秩序 家庭における活動と学び』
是永論、富田晃夫編著(明石書店、2021年10月)
https://www.akashi.co.jp/book/b592636.html


関連リンク:子育て住宅の間取りと実例