オナーズヒル新百合ヶ丘
1.背景と目的
日本の大都市圏郊外では、1970年代~1980年代に多くの大規模な住宅地が開発されてきました。しかし、開発から約50年を経て、それらの住宅地で高齢化が進んでいます。更に、丘陵部に開発され坂道が多い住宅地も少なくありません。そうした地域で自家用車の運転や長距離の歩行が困難になってからも住み続けるためには、移動手段を確保することが重要な課題となります。郊外住宅地においては、自家用車が主要な移動手段となっている地域も多くありますが、高齢者の事故の増加などを受け、免許返納が各自治体で促されており、自家用車に頼らずとも自由な移動ができる環境が求められています。最近では、オンデマンド交通などによるラストワンマイル交通手段の確保に向けた新しい交通サービスの検討や実証実験が始まっています。しかし、交通サービスの導入に当たっては、地域ごとの交通利便性に対する主観的な満足度や、それに影響を与える要因についても、適切に把握したうえで検討を行うことが望まれます。ここでは、その研究の一部を紹介します。
2.目的と手法
本研究は、郊外住宅地居住者の居住環境に対する主観的な評価を整理するとともに、その主要な要素となりえる「主観的な交通利便性」に影響を与える要因を明らかにすることを目的としています。また、本研究では、神奈川県川崎市麻生区を対象として実施した「住まいと交通に関するアンケート調査」の結果を用い、要因を明らかにするための手法として決定木分析を行いました。
3.住まいと交通に関するアンケート 調査の内容
3-1. 調査対象地域
調査は、神奈川県川崎市麻生区の新百合ヶ丘駅を中心とした地域で行いました。新百合ヶ丘駅は、都心の新宿から小田急線で約30分程度の場所に位置しており、対象地域内は1974年の新百合ヶ丘駅と小田急多摩線の開業以降に開発された住居系の土地利用が中心となっています。麻生区は、新百合ヶ丘駅を中心に商業などの都市機能が集積し、中でも文化・芸術関連施設が充実した地域として、多彩な芸術の発信拠点となっており、その周辺には、戸建住宅を中心とした住居系の市街地が形成されています。また、農地や山林などが区面積の約3分の1を占めるなど自然環境が豊かなまちであるとともに多摩丘陵の豊かな自然を残しながら、現在も良好な居住環境の整備が進められています。地形は、区の全域にわたり標高約50~100m超の起伏に富んだ台地の高台に位置しています。また、麻生区の高齢化率は、川崎市7区の中では最も高く、今後も高くなることが見込まれています。
3-2. 調査の概要
調査対象者は、対象地域内に居住するミサワホームオーナー337世帯で、その中には、ミサワホームが行った分譲地(オナーズヒル新百合ヶ丘(1985~)、プライムタウン新百合ヶ丘(1987~))のオーナーも含まれています。
3-3. 回答者の属性
世帯調査の結果では、世帯主年齢は70歳代が最も多く29%、次に50歳代が22%でした。また、居住年数は、15年以上20年未満が18%と最も多く、次に10年以上15年未満と40年以上がそれぞれ14%となりました。
4.居住環境の満足度及び居住継続意向
回答者の居住環境に対する主観的な評価の状況について整理するために、個人調査項目にある、周辺環境の「良いところ」、「悪いところ」を複数回答で依頼した結果に注目しました。
周辺環境の良いところでは「交通の便が良い」と答えた人が64.4%と最も多い結果でした。一方で、周辺環境で悪いところでも「交通の便が悪い」と答えた人が61.3%と最も多い結果となり、同じ地域において、交通の便が良いと感じている人と悪いと感じている人が共に多く居ることが分かりました。この結果から交通の利便性が居住環境の要素の中でも特に意識されている要素であると推測できます。そのため、どのような要因が主観的な交通利便性の評価に影響を与えているかを明らかにすることで、交通の利便性向上に繋がる施策やサービスの検討に活かすことができるだけでなく、居住環境全体に対する主観的な評価を向上させることができる可能性が考えられます。
アンケートで「住み続けるために必要なこと」を複数回答で聞いた設問への回答結果で最も回答数が多かったのが「治安が良いこと」、次いで「買い物の利便性が高いこと」、その次に「移動の利便性が高いこと」でした。生活の利便性や移動に関わる項目が2位・3位となりました。対象地域では居住継続の意向は
高く、80%の世帯主が住み続けたいとの意向でしたが、それらの人が住み続けるために必要なこととして移動に関する項目を挙げたことからも、交通利便性が長く住み続ける上で重要な要素であると考えられます。
これらのアンケート結果は、交通・移動の利便性が居住継続の意向に関係していると示唆するものであり、交通の利便性について深く振り下げて分析することが重要であると考えられます。
5.主観的な交通利便性に影響を与える要因の分析
5-1. 影響を与え得る要因の設定
交通の利便性を分析する上で、交通の便が良い、または悪いと感じる要因を明らかにすることが必要です。そのためにまず交通の利便性に影響を与え得ると考えられる要因を表1の通り抽出しました。
これらの抽出した複数の要因の内、どれが交通の便の良い、悪いに強く関わっているかを明らかにするため、決定木分析を行いました。分析により複数の要因の関わりを明らかにでき、単純集計では把握し難い傾向を把握することが可能になります。
本分析では、「交通の便についての回答」(「良い」または「悪い」)を目的変数とし、表1の交通の便の良い悪いに影響を与える要因を説明変数として分析を行いました。
5-2. 全年代を対象とした決定木分析
決定木の分析結果は図4のようになります。下のグラフで表されるノードは黒色の割合が交通の便が良いと答えた人の割合、灰色が交通の便が悪いと答えた人の割合を示しています。
図4では、自宅から駅までの高低差が88.5m以上の人は、交通の便が悪いと感じる傾向が示されました(Node2)。また、自宅から駅までの高低差が88.5m未満であっても、バス停から駅までのバス所要時間及び自宅から駅までの徒歩所要時間が共に13.5分以上かつ自宅からバス停までの距離が295m以上の人は交通の便が悪いと感じる傾向が顕著に示されました(Node6)。
一方、自宅から駅までの高低差が88.5m未満でバス停から駅までのバス所要時間が13.5分未満の人(Node13)、バス所要時間が13.5分以上でも自宅から駅までの徒歩所要時間が13.5分未満の人(Node12)、バス所要時間と徒歩所要時間が13.5分以上でもバス停までの距離が295m未満でバス所要時間が14.5分未満の人(Node11)は、交通の便が良いと感じる傾向が示されました。
6.まとめ
本研究では、川崎市麻生区で実施した「住まいと交通に関するアンケート調査」から、交通利便性の主観的評価に影響する要因に対する分析を行いました。手法としては、決定木分析を行い、複数の要因から利便性に強く関わる要因を明らかにしました。 また、本研究の分析手法は、他の住宅地の分析にも展開ができると考えます。複数の地域で同様の分析をした結果を比較することで、各々の住宅地の特徴や共通した要因や条件等が明らかになると考えられます。 本研究では、調査の対象をミサワホームオーナーに限定していますが、今後はもっと幅広い住民に対して調査を行うことで、分析結果の信憑性を高めていきたいと考えています。
参考文献
1)小瀧次郎、石塚貞幸、藤垣洋平、高見淳史、後藤智香子、小泉秀樹:郊外住宅地居住者の主観的な交通利便性評価に影響を与える要因に関する分析-川崎市麻生区の事例-、都市計画学会 都市計画報告集No.19、p.418-422、2021.02