3歳未満児期保育の重要性
近年1・2才児における保育所等利用率は約5割(1)にも及び、低年齢児から保育施設等で集団生活を始める子どもが増え、3歳未満児の養育環境として保育施設の空間環境の”質”の重要性が相対的に高まりつつあります。一方、待機児童問題の解決に向けて保育施設等の量的拡大が推進され、“保育の質”をどのように確保するか、課題になっています。
「子どもの主体的な活動を大切にした保育」への転換
保育所保育の基本的事項を定めた保育所保育指針は、1990年改定から、保育者主導による保育から「子どもの主体的な活動」を大切にした保育、遊びや環境を通して行う保育へと大きく転換しました(2)。これは、保育者の指示や指導を中心に展開される保育から、子どもの主体性を尊重し、子どもが自発的に関わりたくなるような環境を整え、子どもを見守り援助する保育への転換となります。この方針は現在も引き継がれており、保育環境を考える上で重要な視点となっています。では、「子どもの主体的な活動」とは何をさすのでしょうか? 2017年保育所保育指針改定を手掛けた社会保障審議会児童部会保育専門委員会は(3)、子どもの主体性は遊びに限らず、食事や着替え、排泄などの生活全体において発揮されるとしています。このことから、子どもの主体的な活動には遊びのほか、食事や身支度など(以下、基本的生活習慣行為)も含まれ、またその年齢期の子どもの主体性が発揮される姿(4)を踏まえながら、空間環境と子どもの活動の関係を見ていくことが重要といえます(図1)。そこでここでは保育の重要性が改めて認識される3歳未満児のうち、保育所における1歳児クラスの子どもを対象に「子どもの主体的な活動」を建築環境によって、どのように援助することができるのか考察し、得た設計指針を紹介します。
設計指針1:基本的生活習慣行為に着目した空間構成
1歳児クラスの子どもは、身の回りのことを自分でやりたい気持ちが芽生えてくる時期です。食事や身支度などの場面において、子どもが“自分でやりたい”という気持ちを保証しつつ、待つ場面を少なくすること、すなわち “個”への対応と集団生活との両立が可能な空間であることが、この時期の子どもが過ごす保育空間には求められます。しかし、一般に子どもの人数が増えるほど、個への対応は難しくなるといえます。そこで私立認可保育所4施設の1歳児クラスを対象に、クラス人数規模により保育プログラムの流れ、子どもと保育者の様子、空間の使われ方にどのような違いがみられるのか調査し、考察した結果、「子どもの主体的な活動を大切にした環境」の設計指針のうち、基本的生活習慣行為に着目した空間構成に関するものは以下の3点となりました。
❶子どもが待つ場面を減らす空間の工夫
子どもが「待つ」場面には、排泄など特定の場所に利用が集中し順番待ちをする場面、食事など子ども間で個人差が出やすい生活行為において、待つ場面などが挙げられます。この子どもが「待つ」場面を減らす設計上の工夫として、排泄や手洗いに使用する設備数(便器や手洗い水栓の数)を多めにするか、玄関の場合、クラス人数規模に合わせて、靴を履くスペース(例えば上框部の長さ)を用意するといいでしょう。それが難しい場合は、一時的に小グループを編成し、時間差で玄関や手洗い等を利用するなど、保育方法と合わせて空間の使い方を工夫することも待つ場面を減らす上で有効といえます。( 図2)。
❷子ども一人一人に対応しやすい空間の工夫
クラス人数規模が20人以上の場合は特に必要保育面積で保育室を1室とするよりも、間仕切り壁等により、少なくとも3つ以上に区切られた空間とするとよいでしょう。例えば食事から午睡への移行場面において、食事―着替え―排泄―午睡とそれぞれ1空間1行為で対応させることで、食べ終えた児から順に場所を変えながら次の行為に移行でき、互いに阻害されずに落ち着いた環境の中で、子ども一人ひとりのペースに応じた保育が行いやすくなります。また発達状況にあわせた少人数グループの編成など、保育方法の選択肢を増やすことにもつながります(図3)。
❸行為の流れと重なり方を視野に入れた平面計画
保育所での1日の生活の中で、行為の重なりが最も多い昼食から午睡の移行場面における行為の流れと室の位置関係に着目し、各園の空間構成をハブ型およびスライド型の2つに分類しました(図4)。ハブ型では、午睡室内で「着替え」「午睡」「排泄の順番待ち」などの複数行為が行われ、順番を待つ間、布団のまわりを走り回る児の姿やそれを注意する様子が観察され、落ち着いた環境の中で午睡へ移行できていないことが確認されました。一方、スライド型では、「食事」「着替え」「排泄」「午睡」と行為の流れに沿って利用場所を移動し、1室内で異種の行為が同時に重なることがなく、各行為が互いに阻害されずに、落ち着いた環境の中で行なえていることが確認されました。このことから、食事から午睡への移行場面に着目した空間構成において、午睡空間の落ち着きを確保する為にはスライド型が望ましく、特に近年目立ちつつある20 人以上のクラス人数規模では、同一場所で同時に複数行為が重ならないよう平面計画することが重要といえます。
設計指針2:遊びの自発性・多様な身体活動を保証する外遊び環境
乳幼児期の子どもの心身の発達は相互関係にあり、自発的な遊びを通して、多様な運動や動作を経験することが大切な時期であることから、自由遊びを通した子どもの身体活動は、発達上重要な役割を担っています(6)。そこで、私立認可保育所4施設の1歳児クラスを対象に、「動作種類」「歩行数」「身体活動量(活動強度)」の実態を調査し、外遊び環境と子どもの身体活動の関係について考察した結果、「子どもの主体的な活動を大切にした環境」の設計指針のうち、遊びの自発性・多様な身体活動を保証する外遊び環境に関するものは以下の3点となりました。
❶園庭構成は「遊び庭型」が望ましい
園庭構成等のタイプによって引き出される子どもの身体活動の特徴は異なることが確認されました(表1)。保育所での生活の中で身体活動の多様性を確保する視点から、1歳児においても園庭等の外遊び環境は必要であり、自発的な遊びを通して「動作種類」「歩行数」「活動強度」など総合的に身体活動経験の多様性が確保されやすいことから、園庭構成は第一に自然豊かな「遊び庭型」が望ましいといえます。
❷子どもの「遊びの自発性」を保証する工夫
安全が確保された中で、子どもが自ら遊びを選び取る流れが確保されやすいことから、保育者の手を借りずに遊ぶことのできる、低年齢児向けの遊具等を用意するとよいでしょう。また草花や樹木などの自然物や、遊具など園庭等内に物的環境の要素を豊かにすることは、子どもの興味関心を引くきっかけとなり、遊びを通して多様な動作が引き出されるほか、探索や歩行のきっかけにもつながります。
❸園庭を有さない場合の外遊び環境の選び方
移動車に乗っている子どもにとって、散歩や公園等への移動は歩行の機会になっていません。1歳児は子ども間で発達の差が大きい時期であり、それぞれの子どもの歩く力にあった、歩行の機会を用意するならば、戸外活動は散歩だけで済ませるのではなく、園庭や公園等での外遊びで歩行の機会を確保することが望ましいといえます。また、園庭がない場合、園庭構成により引き出されやすい身体活動の特徴(表1)を踏まえて、保育のねらいにあった公園等を利用するとよいでしょう。
おわりに
ミサワホーム総合研究所では、今後も研究及び設計実績を積み重ね、子ども視点での保育空間デザイン手法を確立していきたいと考えています。
本研究は、株式会社ミサワホーム総合研究所の学位取得制度により、日本女子大学家政学部住居学科定行まり子教授の指導の下、学位論文としてまとめたものです。また、日本女子大学の倫理審査委員会において、審査を受け承認を得ています(課題番号第298号)。
著者:
ミサワホーム総合研究所 フューチャーデザインセンター
空間デザイン研究室 長谷川 恵美
引用文献
(1)厚生労働省:保育所等関連状況取りまとめ(平成31年4月1日)
(2)厚生省児童家庭局:保育所保育指針,株式会社フレーベル館,1990年
(3)社会保障審議会児童部会保育専門委員会:保育所保育指針の改定に関する議論のとりまとめ,
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/1_9.pdf
(4)高月教恵:保育現場における主体性の概念, 日本保育学会大会研究論文集 (50), pp.620-621, 1997
(5)テルマハームス、デビィクレア、リチャードM.クリフォード、ノリーンイェゼジアン:新・保育環境評価スケール②0・1・2歳、埋橋玲子訳、法律文化社、2018年
(6)杉原隆編著、新版幼児の体育、建帛社、2000年
参考文献
(1))長谷川恵美、定行まり子:クラス人数規模と保育空間構成に関する研究 1歳児クラスの 活動場面に着目して、日本建築学会計画系論文集、第761巻、pp.1549-1558、2019.07