1.はじめに
子どもが「学び」を得るのに最適な空間はリビングやダイニングなのか、という課題意識から、ミサワホームは住まいにおける学び環境づくりの指針「ホームコモンズ設計」を2012年に発表しました(エムレポvol.88、vol.99)。ここでいう「学び」とは、知識などを暗記して試験で良い点数を取る「学力」のことではありません。変化が激しく未来の予測が困難な現代おいて、求められる人材はテストでいい点が取れる人ではなく、様々な人や物事に接し対話しながら、想像力を働かせて新しいアイディアを生み出せるような人と言われています。そのため、住まいにおいては様々な価値観を持つ人との「対話」が生まれやすい環境が必要であると考えます。
2.この10年で社会は大きく変化
ホームコモンズ設計を発表した2010年代以降、世の中は大きく変化しました。「誰一人取り残さない」持続可能で多様性と包摂性のある社会の実現を目指す「SDGs」の考え方は、世界の常識となりました。また、性別、年齢、国籍などさまざまな属性を持つ人々を等しく認めて、それぞれの個性、能力に応じて適材適所で活躍できる場を与えるという考え方、「ダイバーシティ&インクルージョン」も日本の企業が成長するためには重要な戦略であるとみなされています。子育て世代の女性やシニア世代が働きやすい環境を作り、働く人が多様な働き方を選択できる「働き方改革」の考え方も浸透しています。
テクノロジーも大きく進化しました。特にモバイル通信は3Gから4Gへと移行、今や5Gも当たり前の時代になり、生活はオンライン化しています。
そして2020年初頭、全世界に猛威を振るった新型コロナウイルス感染症の流行により、日常生活の常識も大きく変わりました。在宅勤務やオンラインでの学習が生活に浸透し、在宅時間は増加。衛生の常識も変わり、手洗いや消毒といった習慣が広く浸透しました。
3.常識や価値観の変化に対応した学びの提案
このように、この10年で子育て世代を取り巻く環境は大きく様変わりしています。大人の仕事のスタイル、子どもの学習スタイル、家の中の使い方も変わり、家族が感染症に罹患する不安もあります。また、誰一人取り残さない多様性を生かす社会を目指す状況に、世の中は変化しています。住まいにおいても子育ての視点は重要ですが、家族の誰かに負担が集中することなく子育てできるようなデザインがなされるべきです。
ミサワホーム総合研究所ではこのような社会の常識や価値観の変化に対応した子育て環境の提案が必要と考え、2012年発表の「ホームコモンズ設計」を10年ぶりにアップデート。2022年5月に「ホームコモンズ設計2.0」(以下、「2.0」)として発表しました。子育てにおける成長時期(4つのステップ)に合わせて、親子が対話により学び・成長し、また、親が子育てをしながら働き続けられるように、住まいの課題を整理しプランニングのポイントをまとめています。
4.ホームコモンズ設計2.0とは
2012年の「ホームコモンズ設計」(以下、「1.0」)は子どもの成長の4つのステップごとに対話を引き出す環境を整理し、成長に合わせた親と子どもの居場所の提案でした。
しかし、前述の大きな社会変化の中で、住まいにはこれまでなかった「働く」場としての要素も求められるようになり、住まいの課題も変化していると考え、2021年に2つの調査を実施しました(参照1:「コロナ禍を経た生活者の意識変化調査」「感染症に罹患した家族と同居する際の住まいの課題を明らかにする調査」)。また、新たな生活価値を発掘するため、2013年より子育て中の複数家族に協力を依頼し、家族の成長と場所の活用の変化を長期にわたり定点観察する研究も行っています(エムレポvol.99)。
これらの調査・研究成果をもとに、子どもの学びにフォーカスした「1.0」に、親も含めた家族相互の対話による「学び」「成長」と「働く」ことを続けられる住まいを実現できるよう、アップデートしました。
「ホームコモンズ設計2.0 4つのステップ」詳細PDFはこちら
5.「1.0」から「2.0」への変化点
ホームコモンズ設計「1.0」から「2.0」に内容をアップデートするにあたって、住まいづくりにおける変化点は大きく3つ挙げられます。
①住まい手全員が主役になる住まいへ
コロナ禍で多くの企業が在宅勤務を導入し、親は自宅にいながら仕事ができるようになりました。また、子どもたちも自宅でオンライン学習が頻繁に行われるようになるなど、これまでの子育て時期の住まいでは想定されなかった状況になっています。家族一緒にいる時間を互いにストレスなく過ごせるような工夫が必要です。また、子育て時期だけではなく子どもが巣立った後など、ライフステージの変化にも対応できるようにする必要があります。
②専用空間から多用途空間へ
これまでより家族が長時間一緒に過ごす傾向が強まった住まいは、その限られた空間を使いこなすために動線やゾーニングに工夫が必要です。前述した2つの調査でも、住まいの課題として間取りやゾーニングの工夫が必要と考える人が多い傾向にありました。
空間を特定の用途に限ると、ライフステージが変化することで使い方のニーズが変わった場合、無駄な空間ができてしまいます。「2.0」では同じ空間でも子どもが成長するにつれて使い方が変わっていく、空間という場所の持つ意味が変わることを表現しています。例えば子どもが小さい頃はおもちゃを広げる遊び場(プレイサイト)であった場所が、成長すると親子が共に学び・働く場所(フレックスコモンズ)に使い方が変化し、空間を無駄なく活用できるような提案をしています。
さらに、空間を多用途に使えるよう、開いたり閉じたりすることで切り分けられるようにすると、来客時やテレワーク時、罹患時の隔離など、いざという時に臨機応変に対応することができます。これからの住まいに求められるのは、子どもの年齢や家族の状況に合わせて、フレキシブルに使い方を変えられる空間です。
③「ひとつの場所で行う」から「複数の場所を使い分ける」へ
ゾーニングやレイアウト、家具などからは、人々の行為を誘発させるアフォーダンス効果が生まれます。例えば、ダイニングで座る位置関係や並列して座ったりすることで、声がけ、対話のしやすさ、学ぶ機会は大きく変化します(参照2)。空間の中に複数の居場所をつくると、ライフステージや生活シーンに合わせて家族それぞれが居心地の良い場所にできる可能性があります。これからはひとつの場所で様々なことを行うより、学びや仕事などの要求事項に合わせて、場所を使い分けていく(使いこなしていく)ことが必要になってきます。そのためには、住まいのどのような場所がどのような事に適しているか学ぶことが有効でしょう。
6.くらしの実践提案と今後
この「2.0」を住まい手がより理解し、くらしのなかで実践しやすくするための提案も行っています。そのひとつが「2.0」の考え方を間取りと具体的な生活シーンで表した「Taiwabaヒントシート」です(参照3)。
子どもの成長段階ごとに育みたい能力や住まいの課題をまとめているため、これから子育てをする方や、次の成長段階の育児に不安を抱えている子育て中の方にも参考にしていただきたいと考えています。
「ホームコモンズ設計2.0」、「Taiwabaヒントシート」については、今後も調査・研究を通して得られた知見をもとにアップデートしてまいります。ミサワホーム総合研究所では、時代や社会の変化に合わせたより良い子育て環境の整備に貢献できるよう取り組んでいきます。
参考図書
参照1:調査レポート「これからの時代に求められる住まいのあり方」(2022年5月)
参照2:P150 『エスノメソドロジー 住まいの中の小さな社会秩序 家庭における活動と学び』 是永論、富田晃夫編著(明石書店、2021年10月)
関連リンク:子育て住宅の間取りと実例
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