(写真1)
1.はじめに
少子化が進む一方で、未就学児の保育所利用率はいまだ上昇傾向にあり、子どもの発育発達の場として、保育環境の重要性が高まりつつあります。ミサワホーム総合研究所では、保育空間を第二の住まいと捉え、子どもの健やかな成長を育む保育環境づくりを目指し、研究を続けてきました(MレポVol.83,90)。今回は、園舎の建替えに伴う建築環境条件の違いが、子どもの生活行動にどのような影響を与えたのか、主に子どもの身体活動の視点から検証した取り組みについてご紹介します。
2.調査対象
調査対象のA保育園(以下A園)は、郊外に立地する私立認可保育園です。「はだし保育」「リズム運動」など全身を使い、五感を使った遊び体験を大切にしており、老朽化に伴うA園の新園舎設計をミサワホームが手掛けることになりました。新園舎設計では、A園の保育方針や想いをふまえ、「子どもたちを健やかに育む“回遊する”保育園」をコンセプトに、子どもが自然に体を動かしたくなるような空間を提案しました。例えば園庭は、建替前より園庭面積を広く確保し、外周部にゴムチップ舗装のコースを設置する等の提案をしています。また園舎2階のルーフバルコニーは、建物外周部を一周できるようになっており、回遊性のある空間デザイン提案等を通して、子どもの健やかな成長を育む保育環境づくりを目指しました(写真1)。
3-1.調査概要
建替えに伴い子どもの生活行動がどのように変化したのか、新・旧園舎それぞれにて外遊び活動の含まれる晴天日と、室内活動が中心となる雨天日を対象に、活動量調査および参与観察調査等を実施しました(図1)。また、子どもの健やかな身体づくりに向けた取り組みとして、大学・保育・企業で協働し、設計提案が当初のねらい通りのものとなったか検証を行いました(図2)。
(図1)調査概要
(図2)大学・保育・企業が協働
3-2.結果
子どもが体を動かす機会を作る重要性
A園に通う園児の運動・生活習慣の把握を目的としたアンケート調査結果(2022年3月)によると、自転車等で登園する園児は約8割(図3)で、平日の子どもの歩行機会は園内活動が中心であることが分かりました。また、近年子どもの体力・運動能力低下が続く中、WHO等は1日60分以上の運動を推奨していますが、家庭内で外遊び時間を30分以上(1日平均)確保できている家庭は約6割であるものの、約2割が「していない」と回答していました(図4)。このことから、家庭での子どもの運動機会は少ない状況にあるといえ、保育所内で子どもが体を動かす機会を確保することが重要だといえます。
(図3)通園方法
(図4)家庭で、親子で体を動かして遊ぶ時間
晴天日の外遊びの様子と活動量結果
旧園舎ではL字型の園庭形状を活かし、縄とびや遊具等でじっくりと遊ぶ場と、鬼ごっこ等複数人で身体を大きく動かす遊びの場をゾーニングし、外遊びをしていました(図5)。一方新園舎は、グラウンドの外周部にあるコース部を、三輪車やコンビカー等の乗り物遊びに使い、グラウンド中央部ではボール遊びや追いかけっこ等の遊び、グラウンドの片隅で大縄跳びをする姿が見られました。新園舎の園庭では、広くなった園庭全体を使い、思い切り走って遊ぶ様子が見られました(図6)。晴天日の終日歩行数は新園舎・旧園舎で大きな差は見られませんでしたが、走る・歩く等の動きに該当する中高強度活動については、新園舎の方が多い傾向がみられました(図7)。以上のことから新園舎では、建て替え前に比べ園児の身体活動が活発になっていることが分かりました。
(図5)旧園舎 外遊びの様子
(図6)新園舎 外遊びの様子
(図7)晴天時の月齢と全歩数、中・高強度活動の比較
雨天日の活動量結果と室内活動の様子
新・旧園舎の雨天日の保育プログラムの流れ(順次登園から、室内自由遊び、食事、午睡、順次降園)は共通でした。旧園舎では、1・2歳児クラスが、増築により生じた半屋外空間(通称:グリーンテラス)を保育室の延長空間として活用していたほか、比較的保育室の狭い5歳児クラスが、隣接する遊戯室を積極的に利用していました(図8)。一方新園舎では、基本は保育室で製作遊びや自由遊び等をして過ごし、ゲーム遊びやリトミック体操といった体を動かす遊びの際に、遊戯室を利用していました(図9)。雨天日の活動量は歩数、中・高強度活動ともに新園舎で低くなっており(図10)、雨天日の保育プログラムに大きな差は見られず、何らかの活動内容の違いがあったと思われ、新園舎の雨天日の活動量に課題があるという結果になりました。
(図8)旧園舎 室内活動の様子
(図9)新園舎 室内活動の様子
(図10)雨天時の月齢と全歩数、中・高強度活動の比較
4.まとめ
建替えに伴う園舎環境の違いにより子どもの生活行動がどのように変化したのか、身体活動量および遊びの様子を中心に調査しました。その結果、新園舎の園庭では、広くなった園庭全体を使い、思い切り走って遊ぶことができていることが明らかになりました。一方、終日園舎内で過ごした雨天日の新園舎では、調査当日にも体を動かす遊びを実施していましたが、旧園舎時に比べ活動量は低下していました。以上のことから、新園舎の雨天日、すなわち室内活動時の活動量に課題があることがわかりました。
5.今後の展開
保育者ヒアリングによれば、終日室内で活動する場面は雨天日に限らず、猛暑日には熱中症予防のため、晴れていても終日室内で過ごす日もあるといいます。気候変動の影響により、猛暑日が徐々に目立つようになってきており、外遊びの場として園庭環境を整えることに加え、今後は園舎内でも子どもが体を動かす機会が確保された空間づくりがより重要になっていくことが予想されます。次号では、課題である「室内活動時の活動量確保」に向けて、終日室内で過ごす日の活動内容、空間の使い方についての改善策を検討し、引き続き健やかな子どもの環境づくりに取り組みます(Mレポvol.111に続く)。
■謝辞
本調査にご協力いただきました、A保育園の園児、保護者、保育者の皆様に感謝いたします。当研究は早稲田大学鳥居俊研究室、石井香織研究室との共同研究になります。また、当研究は早稲田大学倫理委員会において審査を受け承認を得ています。
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